GAKUヒストリー3

さて!いよいよ!小学校入学するところから語らせていただきます!

私はもちろん障がいがあるため、普通の子のように自分で登下校が出来ないという事で、普通の小学校への入学は困難です。

しかし、両親は普通の教育をどうしても受けさせたかった!らしく、学校や、町役場にかけあいなんとか入学を許可してくれるよう頼んだみたいです。

学校側としても前例がなく、かと言って拒むわけにもいかず、条件付きで入学を許可してくれました。

その条件とは!

登下校は親が付きそう事。

授業中は教室の後ろに親が待機して授業開始から終業時間までつきっきりで見守る事。


こうして、俺は小学校に入学した!

母親は俺が入学してから忙しい日々が始まったわけで・・・

雨の日も風の日も俺をおぶり、学校に通った。

学校生活で覚えている事は体育の時間みんなが校庭で運動しているのを教室

から眺めていた事と、休み時間に外でみんなが遊んでいるのを見ていた事。

でもクラスのみんなは俺を受け入れ仲良くしてくれた!

おふくろの荷物を持って一緒に帰ってくれたりと、いつも気遣ってくれる子達がいた。

その二人の女の子は、学校が終わると自宅に遊びにきてくれたりもした。

そして、給食!!

三角牛乳にアルミ食器!クジラ肉!

昔は給食に鯨肉がよく登場した!

それから!うどん!たしかソフト面というやつだ!

あれは美味しかったな〜〜〜😆

夏休みが終わり少し寒くなりかけた頃、俺の小学校生活は終わりました。

何がきっかけでとかはよくわからないし覚えてもいないけど、俺が小学校に通えたのはほんのわずかの期間だったが、通えた事自体が稀な事だったので、母親には本当に感謝している。

ありがとう!おふくろ!

ありがとう!同級生のみんな!

俺が小学校に通って覚えてる事はそれくらいだ!

そもそも最初からずっと小学校に通い続ける事前提ではなかった。

母親が体重が増えていく俺をずっとおぶって通う事は不可能だし、雪の中の登校は無理だったろう・・・

こうして俺は秋頃に小学校を退学した。

この後に俺に辛い試練が待っていようとは、この時は知るよしもなかった・・・


               to be continue


0コメント

  • 1000 / 1000

SMAP STATION

最近深刻化してきている地球危機について様々な情報を基に地球の未来を考え、今何をしなければいけないのか? 日々模索しております。 もう時間がありません! 未来の子供を守るために・・・